「涼。そろそろ行きましょう」
理恵がそう言い、立ち上がった。
「ああ」
涼がそれに続く。
「ヨッシャー!」
早乙女も気合を入れながら元気よく立ち上がった。が、当然の疑問にぶち当たる。
「あ……でもどこ行くの?」
その問いに理恵が彼をちらっと見て、また視線を海に戻した。
「あそこよ」
水平線の方向を指差している。
「あそこって? 何かある?」
示す方向に何も認められず、早乙女はキョロキョロした。
「分からないわ。でも」
「ああ。あっちだ。俺もそう思う」
「う~ん……。おまえたちの言う故郷がか? 俺にはまだよく分からん。それにどうやって……あっ」
早乙女が気付くと、涼と理恵はもう海面を歩き始めていた。地面と同じようにスタスタと進んで行く。
「な、なんちゅう奴らだ。お、おい! 待ってくれよ! 置いてかないでくれ!」
その声に二人は立ち止まり、振り返った。
「早く来いよ」
「俺、泳げないんだよ」
「誰が泳げって言った。歩けば良いだろ」
「んな、無茶言うなよ」
「仕方がないなぁ……」
溜め息を付き、涼は念動で早乙女を持ち上げた。そのまま自分たちの所まで運ぶ。
「わっ……すげえな、おまえ」
「あんたも、やろうとと思えばできるはずだ」
「そうかなァ……」
水面ぎりぎりのところを浮遊させてもらいながら、早乙女は二人と並んで進んで行く。見習って彼も足踏みをしていた。そうしないと波に足が引っ掛かるのだ。
「う~ん……何かねえ……やたらとギャンブルでツイてた時はあったけど、一年間ぐらい。その間は他のことでも勘が冴えてたなァ……」
「プレ・コグニションね」
理恵が言う。
「へっ?」
「予知能力のことだよ。歳食ってた分だけ概念が固まってて、ちょっと弱かったようだけど。あんたはそれがまず初めに出たんだ。俺は念動・サイコキネシス、理恵はクレヤボヤンス・透視。でも、今は何でもできる。みな同じなんだ」
「う~ん……」
「あなたにもできるのよ、何でも。できるとさえ思えば。現にテレポートできたでしょ? あれは私たちの力で運んだんじゃないわ。自分で来たのよ」
「でも、あの時は何も考えてなかったから」
「そう。今もそうすれば良いの。当たり前のことだと思って、海の上だなんて忘れちゃえば良いのよ。私たちが簡単に歩いてるの見たら、なあんだって感じで、できそうでしょ?」
「う~ん……」
「もう……。持ち上げてんの疲れんだから、下すぞ!」
涼が痺れを切らして怒鳴った。
「わ、分かった! でも、ちょっと時間をくれ。 ……大丈夫。俺は歩けるんだ。当たり前のことなんだ。大丈夫……」
早乙女は目を瞑り。必死になって自分に暗示をかけ始めた。
「!」
涼はそれを横目で見ていて何かに気付き、少し驚いたような表情を見せてから、理恵の方を向いた。
理恵も黙って頷く。
二人はこの時初めて早乙女に、かなり強い《気》を感じたのだった。
「大丈夫。俺はエスパーなんだ。強いんだ。誰にも負けないんだ。歩ける。地面と同じなんだ。大丈夫……」
目を瞑ったまま、いつまでもブツブツ言っている彼を見て、二人がクスクス笑い出す。
「ん? なんだ?」
早乙女が目を開ける。
「い、いいや」
「ううん。なんにも」
二人はそう言いながら、また笑った。
「変な奴ら……」
首を傾げる。が、気を取り直して目を瞑り、早乙女はまた暗示を続けようとした。
「もう良いって。大丈夫だから」
涼が早乙女の肩を叩いて言う。
「何だよ……せっかく努力してるのに」
「だから、もう大丈夫だって」
にやにやしている。
「何が?」
早乙女は言っている意味が分からず、理恵の方に尋ねるような視線を向けた。
「うふふっ……涼ね、力、もう使ってないの」
「ナ、ナニィ―!」
彼は素っ頓狂な声を出して自分の足元を見、目をむいたまま顔を上げた。
「おまえ、やってないの?」
「ああ。やってない」
「じゃあ……」
「そっ。自部で歩いてんの」
「ああ……」
情けない声を上げ、早乙女が急に沈んだ。
「あっ! もう……」
涼が理恵を見て首を振る。
「早く助けてあげなさいよ」
笑いを堪えながら理恵がたしなめた。
「ああ」
面倒臭そうに涼が早乙女を引き上げようとした瞬間、空から円筒形の光が海面に放射された。
「!」
驚いて頭上を振り仰いだ二人が目にしたものは、中空に停止しているアダムスキー型のUFOだった。
早乙女が光の中をゆっくりと上がってくる。
そのまま船内に吸い込まれて行く。
「理恵」
「うん」
二人は顔を見合わせると、自分たちも自ら光の中に入った。