迷える神々・8章①

 

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8

 

海だった。

気が付くと、広大な海を前にして立っていた。午後の優しい陽射しを浴びている。

飛んでいる時の感じ……ランナーズ・ハイのようなと言えば、幾らかは汲み取れよう。その感覚から抜け出すと、ここに着いていた。

一応、テレポーテーションは成功したことになる。が、ここがどこだか全く分からなかった。小さい島のようで、人が住んでいる気配はなかった。

 

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「お、おい! どこなんだよ、ここは! 日本じゃなさそうだし……」

早乙女が辺りを見渡して、泣きそうな声で叫んだ。

「……」

涼も理恵もそれには答えず、ただ黙って海を見ていた。同じ方向をじっと見詰めている。故郷に帰ることを強く念じた結果、到着したこの場所は、やはり目的の地であるように二人には感じられた。

「なっ? これは何なんだ? 教えてくれよ……」

哀願する早乙女に涼がそちらを向いた。

「どうして付いて来たんだ!」

腹立たしげに言う。

「そんなこと言ったって……おまえらが消えそうだったから、無我夢中で飛びついたんだ」

涼は黙って早乙女を睨んでいた。

「涼の先生なのね?」

理恵が口を挟む。

「ああ……」

「なぜ付いて来たかじゃなくて、来れたかよ。それとあの場所にいたこと」

彼女が早乙女を見る。

「それは……」

口ごもる。が、涼の容赦ない視線がそれを許さなかった。仕方なく早乙女は話し始めた。

「昨日……あっ、今、昼みたいだからもう一日経ったのか? とにかくあの丘からここへ来る前の晩、おまえン家へ行ったんだ。ちょっと聞きたいことがあってな……でも、なかなか呼び出す決心が付かなくて、うろうろしてたら、おまえが窓から出て来て……」

「それで後を付けて盗み聞きしたのか!」

「すまん!」

しゃがみ込んで縮こまる。学校での一件で涼のパワーを思い知らされ、相当彼を怖がっていた。それにこんな訳の分からない所で見捨てられたらどうしよう、という気持ちもあったのかもしれない。

「涼……怒っても仕方がないわ」

「う、う~ん……」

そう言う理恵を見、涼は何とか気持ちを落ち着けてまた早乙女の方に向き直った。

「それで……何が訊きたいんだ」

感情を抑えて言う。

「……怒らないでくれよ? 今まで散々否定してた癖にって」

「だから何だよ」

面倒臭げに急かす。

「俺……この間、UFO見たんだ」

「えっ!」

涼と理恵の声がハモる。驚く二人に早乙女が一番驚いた。

「あなたも見たんですか!」

「え、ええ……はい……?」

涼と理恵が顔を見合わせる。早乙女はそれを心配気に見守っていた。

「涼……もしかすると、この人も来るべき人だったのかもしれない……」

座り込んですまなさそうにこちらを見上げている男の方を向き、理恵は言った。

「呼ばれていたと……仲間だと言うのか?」

「そう」

「な、何を仰っているのでしょうか?」

話を理解できず、早乙女は恐る恐る口を挟もうとしたが、二人には聞こえていなかった。

「しかし、こんな奴が……」

「こ、こんな奴?」

「じゃあ、どうして付いて来れたの?」

「う、う~ん……」

「でしょ?」

涼が言い返せなくなって黙り込んだ。

「あなた……」

「は、はい!」

理恵の声に、早乙女はピョコンと背を伸ばして正座の姿勢になる。

「あなた、超能力は?」

言いながら、彼女は相手の目の高さまで屈んだ。

「は?」

「持ってない?」

「ないです……」

「そんな奴が持ってるはずないだろ! 《気》だって見えないし」

イライラして涼が怒鳴る。

「う~ん。それはそうだけど……ねえ、前にもUFO見なかった?」

「……見た。大学の時に」

「!」

それを聞き、理恵の顔がパッと明るくなる。後ろにいる涼の顔色も変わった。

「歳は?」

「ん? ……28」

「ねっ!」

理恵が涼を振り返った。

「私たちが見たのと同じ頃よ」

「ああ……」

仕方なく同意し、涼は早乙女を見下ろした。

「こいつがなァ……あちら側の代表みたいな男だと思ってたけど……。でも理恵、何でこいつは《気》を発してないんだ?」

「さあ……自分の能力にまだ気付いてないからじゃないかしら」

「う~ん……じゃあ、なぜUFOとか超能力者を否定した? 自分自身見ているのに?」

早乙女を見て答えを促す。

「そ、それは……」

また彼は口ごもった。それを理恵が弁護する。

「私たちと同じよ。同じような目に遭ったからよ。そうでしょ? ……ねっ、全部話して。あなたも私たちの仲間なら、自分の能力に目覚めなければならないのよ。ねっ?」

「……」

優しくそう言う理恵を、早乙女はじっと見詰めていた。しばらくして溜め息を付き、俯いてゆっくりと話し始めた。。



「春日……前に竹取物語のことで友達と仲違いしたって、言ったろ……」

「あ? ああ……」

「あれ、逆なんだ。俺が宇宙人説の方なんだ」

「えっ……」

「社会の癌だって言われたのは俺の方なんだ」

「……」

涼は言葉がなくなった。ようやく彼が仲間であることを理解した。それにより、辛く当たったことを後悔しだした。なぜならば、早乙女は大人だった分、自分たちより辛い目に遭っているはずだからだ。

「昔から俺、他人とは少し違ってた。自分が真剣に考えたことを口にすると、いつも簡単に笑って否定された。それはもう中学生くらいの頃からずっと続いていた。 ……辛かった。どうして深く考えもしない奴らが、常識、常識って、物事を勝手に決め付けるのだろうって、いっつも思ってた……」

「……」

涼と理恵は沈鬱な表情で黙って聞いている。

「UFOを見たと言った時も、みんなからバカにされた。いい歳してって……俺は分からなくなってしまった。本当に見たのか? ただ単に頭がおかしくなったのか? 全てにおいて、俺がやはり間違っていたのだろうか? みんなの考え方の方が正しいのだろうか? 分からなかった……いずれにせよ、俺は自分の主張を押し通すだけの根性はなかった。俺は自分を守るため、唯物論的思考に切り替えていった。そして……」

「そして?」

理恵が訊く。

「春日にいじめられ始めた」

早乙女が涼を見上げて笑った。

「……俺だと、すぐわかったのか?」

苦笑しながら涼が訊く。現金なもので、もう連帯感のようなものが生まれてきていた。

「ああ……何となく。おまえは他の奴らとは違ってたからな。否定しつつも、やはりどこかにそういうものを信じる心が残ってたんだろう……。が、すぐに飛び付けるほど俺の精神状態は単純なものじゃなかった。せっかく少し生き易くなってきたところなのに、また、はみ出し者に戻るっていうのは物凄く勇気のいることだった。正直、怖かった……」

「そうか……」

涼は鼻の頭を掻きながら砂地に腰を下ろした。胡坐をかく。

「悪かった」

涼はただ一言、そう言い頭を下げた。

「いや……俺が弱かったんだ。おまえたちのようにできなかった。だから気にするな」

「……ああ」

涼は素直に答えた。

三人とも笑っていた。ついこの前まで独りだと思っていたのが、こうして仲間と出会うことができた。何物にも代え難い喜びだった。自分で異端を自覚し、そう周りから思われることに甘んじてきた者、自分を表に表さず耐えてきた者、何とか社会に順応しようと自分を変える努力を続けてきた者、様々であるが、同じ辛さを、寂しさを味わってきたことには変わりはない。

 

 

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