エピローグ
そこはまさに楽園だった。
小鳥が飛び交い、樹木が茂り、草原が広がる……遥かにそびえ立つ山もあった。涼が想像していた通りの、いや、それ以上の地だった。
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「……」
3人は外の景色に釘付けになっていた。いつまでも窓から離れようとしない。
「ここが、おまえたちの暮らす場所だ」
隣の窓から外を眺めていたエトルが言う。
ここがどこなのか、3人には皆目分からなかったが、誰も訊こうとはしなかった。当然、地球とはまた別の天体なのだろう。
「……こんなにきれいな自然を持つ星が、あったんだなあ……」
早乙女が感心したように呟く。
「持ってきたのだ」
ルーがそれに答える。その言葉に3人が驚いてそちらを向いた。
「この星は現在の地球人用の本拠地だ」
「現在の?」
理恵が訊く。
「ああ。星にも寿命があるからな。 ……ここは地球とほぼ同じ環境にある。ここの人間が地球を見守り、必要に応じて人員を派遣する」
「で、持ってきたというのは?」
早乙女が訊く。
「他の大陸は元々あったものだ。だが、今おまえたちが見ている所だけはそうではない。我々が運んだのだ。地球から」
「えっ? なぜ?」
涼が驚いて訊いた。
「ここがおまえたちの故郷だと言えば、察しが付くだろう?」
ルーが涼たちを見て、初めて笑顔を見せた。が、3人はそんなことには全く気付かず、口を半開きにして驚いていた。
「……アトランティス」
涼がぽつりと呟く。
「……でも、アトランティスは沈んだんじゃあ……」
早乙女が呆気に取られた顔のまま訊く。
「推論というものは途中少し誤った見方をしただけで、途方もなく見当違いな方向へ進むものだ」
ルーは窓の外を見ながら言った。その横顔は元の無表情なものに戻っていた。
「さっき言ったように、アトランティス人も初めは我々の仲間なのだ。失敗に懲りて、いきなり大陸には降りず、島……と言っても日本の数倍の大きさなのだが、ヨーロッパやアフリカ大陸と区別するためにそう呼んでいるのだ。原人のいる大陸とな。 ……アトランティスは無人の島だった。だから、そこへいったん落ち着き、頃合いを見計らって大陸に移る予定だった。だが……」
「だが?」
涼が先を促す。
「ああ。最初のうちは良かった。アトランティス人は着実に増えていった。しかも全員が思念であらゆることができた。大人たちが皆していることだから、子供たちもそれが当たり前だと思って育つ……争わず、何にも囚われることのない豊かな心を持っていた。変な固定観念を植え付ける者もいるはずがないからな。とても順調にいっているように見えた。だが、実際はそううまくはいかなかった」
「どうして?」
「……おまえたちも知っている通り《気》を使うと疲れるだろう? そのために物を創り始めたのだ。ちょうどおまえたちの文明が手足を動かすのを厭い、物を創ったのと同じように……。ある程度のところでそれが留まれば問題なかった。が、彼らはやめなかった。いらぬ欲に溺れ出し、自然を破壊して建造物を増やし、造り物の美を求めた。他人よりも大きな建物を、美しい宮殿をと躍起になって競い出した。後は想像が付くだろう……独占欲が生まれ、偽の宝を守ろうと疑心暗鬼になり、支配しようとし、縄張り争い、派閥争い……本当の宝が何かも分からずに……」
他の話とは違い、ルーの口調に感情がこもっていた。
「ルー。あなた……」
理恵がそのことに気付いた。
ルーがちらっと彼女を見た。が、すぐにまた視線を窓の外に戻す。
「……そうだ。アトランティスの管理は私がしていたのだ。エトルと……」
「えっ!」
早乙女が驚いてエトルを見る。エトルは何も言わず微笑んでいた。
「驚くことはない。ここでの一年は地球のそれとは違う。言っただろう? 数千年後、おまえたちがアダムとイブになるかもしれないと……。地球人の目には、我々は不老不死と映るだろうがな。多少、宇宙に関する知識があれば理解できることだ」
「そんなもんかねえ……」
まだ信じられず、早乙女は首を傾げていた。
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「それでアトランティスは?」
涼が話を戻した。
「ああ。代を重ねるごとに人々の心は荒んでいった。《気》を使える者が減って行く……そして地球と同じ状態になった時、我々が警告を与えたのだ」
「そして、一部を除き、大半の人間が目覚めたため、ラプチュアした」
涼が言う。
「そうだ。大陸ごとな。数千万の人間を運ぶのに、これでは無理だからな。我々が方向付けをして全員の思念で飛んだ」
ルーはUFOの床を指で示して言った。
「でも……改心する人が多かったのなら、なぜラプチュアする必要があったんですか?」
理恵が訊く。
「ああ、それは地質学者たちがアトランティスが沈んだという理由付けとして挙げていることと同じだ」
「放っておくと、地震か海底噴火で沈んだってこと?」
「そうだ。それと来たる日のための備えだ。再建者としてのな。改心せず出て行った者たちが、地球の危機を救えるとは思わなかったからだ」
ルーがまた窓の外を眺め始めた。
3人は放心したようにぼーっとしていた。もう訊くことがなくなったからだ。質問攻めにしていた理由の一つとして、事の重大さに対する不安というものが含まれていた。
それを見透かしたようにエトルが言う。
「もう決心してくれたかな? 神になることを。また、アダムとイブになることを……」
「か、神? アダム……何か、とんでもない話だなァ……」
早乙女が泣き出しそうな顔をして言った。
「……」
涼は何かを考え込んでいた。
「降りるぞ? いいな?」
ルーが3人に訊く。
「その前に! 一つだけ約束してください」
涼は顔を上げると真剣な口調で言った。
「何だ」
「最後の警告に行く時、僕たちも連れて行って欲しいんです!」
「!」
それを聞いて、理恵と早乙女が驚いて彼を見た。ルーとエトルもじっと涼を見据えている。
「ダメかもしれません……僕たちが行っても……あなたたちがそう言うんだから、たぶんダメなんでしょう……。でも、やっぱりこのまま見殺しなんかにできない! そういうものだ、運命なんだと言われても、そんな簡単に割り切れるもんじゃない!」
「涼……」
「春日……」
二人も哀しい表情になっていた。
「……そんな簡単に……親を見殺しにして……神なんかになれない……」
涼は俯いて、途切れ途切れにそう呟いた。その目には涙があふれていた。その時の彼の頭の中には両親の顔や、中山、千尋の顔などが浮かんでいたに違いない。
「……」
理恵と早乙女の目尻にも同じ光るものがあった。
「……分かった。約束しよう。が、命を粗末にだけはしないで欲しい。おまえたちは人類にとって大事な存在なのだから……」
ルーが静かに言った。
涼が俯いたまま無言で頷く。
そして5人を乗せたUFOは、ゆっくりと地上に向かって高度を下げ始めた。
「……」
3人はまた窓から下を眺めていた。自分たちの故郷・アトランティスを……。たが、着いたばかりの時の興奮は、もうどこかへ消え失せていた。
― 本当にここが俺たちにとっての安住の地だろうか……悩まず、落ち着いた暮らしができるのだろうか……
涼はまた地球にいるみんなのことを思い浮かべていた。ここに来て初めて、自分がやはり地球を、地球人を愛していたということに気付いたのだった。
― 俺は今日まで逃げ出すことしか考えなかった。あんなくだらない世の中は真っ平だと思っていた。が、だからといって滅亡させて良いわけはないんだ! 同じ人間たちがたくさん亡くなるんだ。そんなこと、許されるはずはないんだ! ……俺たちで救ってやる。俺たちが神になれるのならできないはずはない……。そう……もう、俺たちしかいないんだ……
彼は無言で両脇にいる理恵と早乙女の手を握った。
二人が涼の方を向く。そして互いに見詰め合う。言葉は要らなかった。考えることは同じ、地球を、愛する人々を救うということだ。
「……」
涼はまた窓の外に目を移した。彼は今、人間の心の脆さ、不安定さをひしひしと感じていた。
アトランティスが近付いてくる……
涼はそれを眺めながら、しかし必ず救う、と心に誓った。
(完)
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