中山家は高台の高級住宅地にあった。洋風の建物で広い庭を所有している。
その建物の中、リビングルームでは、もはや手の付けられないドンチャン騒ぎが繰り広げられていた。
歌を歌っているというより、がなり立てている者。裸踊りをして女の子たちにヒンシュクを買っている者。真っ青な顔をしてトイレとリビングを行ったり来たりしている者……様々である。たぶん飲み慣れぬせいだろう。始めてからさほど時間は経っていなかった。
スポンサーリンク
その動物園のような所で、涼だけ一人冷めていた。みんなから離れ、キッチンのイスに座りぼんやりジュースを飲んでいる。
「春日君」
「ん? ああ、山崎か」
千尋だった。水割りのグラスを持っている。
「座っていい?」
「ああ……どうぞ」
イスを少し涼の方に向け、千尋は横に腰かけた。
「春日君、私、嫌い?」
「お、おい、なんだよ急に……」
涼は驚き周囲を見渡した。が、皆自分のことに手一杯で、他人に注意を払っている者など一人もいなかった。
暴れている奴らの真ん中でラブシーンを演じている者までいた。
「なぜ、私じゃダメなの? 言って」
かなり酔っているようだった。
「飲んでるのか」
涼は相手を見据えて訊いた。
「……飲まなきゃ、恥ずかしくて言えないよ……二度目だもん」
千尋が視線を外して言う。
「飲んだことないんだろう? 大丈夫か?」
「そんなことより! ……返事して」
「……」
涼は押し黙った。しかし、相手の眼差しはそれを許してくれそうもなかった。
彼は仕方なしに口を開いた。
「山崎のことは……嫌いじゃない。可愛いと思う」
「ほんと?」
千尋は赤面し、嬉しそうに聞き返す。
「うん……」
そう答え、涼は彼女の全身をじっくりと見た。千尋は身体の線がくっきりと出る、いわゆるボディコン姿だった。彼女は外人モデルのような体型をしていた。胸の所がV字にカットされていて、バストの谷間が丸見えだった。その谷間を人いきれのせいか汗がツーッと流れていく。
「……」
じろじろ見ている涼に対して、彼女は恥ずかし気に俯いた。が、まんざらでもなさそうだ。見方によっては喜んでいるようにも取れる。恐らく、そのために着てきたのだろう。
― やはり何も感じない……
彼女の思惑などには全く気付かず、涼は溜め息をついた。
「!」
千尋はそれを見逃さなかった。
「……どうして!」
悲壮な顔になっている。もう酔いなどどこかへ吹き飛んでしまったようだった。
「可愛いと思う。クラスで一番……いや、学校中で一番可愛い」
「じゃあ、どうして?」
「ダメなんだ。俺は普通の子じゃ……」
「どういうこと?」
「うまくは言えない。ただ、俺が普通じゃないということだ」
彼女には理解できないようだった。涼の顔を悲しそうな表情でじーっと見つめ、そして俯く。
「山崎……」
「一生懸命努力するから……春日君の気に入る子になるから……」
顔を上げ、千尋は哀願するように言った。性格の問題と勘違いしていた。
「そういうことじゃなくて……」
涼は困ってしまった。彼女が誤解するのも無理はなかった。が、だからといって真相を話すわけにもいかない。
「……好きな人、いるの?」
うつろな目で、テーブルに置いたグラスを見詰めながらぽつりと訊く。
「えっ……ああ……ごめん」
涼は思い切ってそう答えた。
彼女の目に、見る見るうちに涙があふれ、膝の上に置いた手に零れ落ちる。
「山崎……」
「うっ」
涼の声を機に、千尋は玄関の方へ泣きながら走って行く。彼は憂鬱そうな表情で、その後姿を見送っていた。
スポンサーリンク
「ん……」
気配に気付いてそちらを見ると、壁にもたれて中山が立っていた。途中から聞いていたのだろう。渋い顔で首を左右に振っている。
「中山……チャンス」
力なく笑いそう言う涼に対し、中山はシュラッグをしてから玄関の方へ向かった。
「ふう……」
涼は深くイスにもたれ、天井を仰ぎ見ながら溜め息をついた。何もしなくても相手が悲しむ場合があるということが、限りなく辛く嫌だった。
― 早く帰りたいなぁ……明日も理恵と会うのに……
また理恵のことを考え始めたその時、稲妻が直撃したように急に涼の身体が硬直した。
「うっ!」
うめき、頭を抱えてイスから落ちる。
― 頭が痛い! 割れそうだ!
涼は床の上をのたうちまわった。ゴロゴロと転がり、イスを蹴倒しテーブルにぶつかる。グラスが落ちて割れる。だが、誰もそんなことに気付いてはいなかった。
「ううっ……」
しばらく転げ回った後、彼は壁に掴まりなんとか立ち上がった。が、その眼の光は常人のそれではなくなっていた。
「呼んでいる……俺は、呼んでいる……」
そう呟きながら、涼はふらふらと歩き始めた。酔っぱらいの間を抜け、庭に出ようとしている。
「アレッ! 春日のリョウちゃん、ドコ行くの?」
ヘベレケの一人が涼に抱き着いた。
「呼んでいる。俺を呼んでいる……」
涼は無意識のうちに、その男を突き飛ばしていた。男はひっくり返った。
「イテッ! 乱暴だな、リョウちゃんは……アアッ、呼んでるって、女に呼ばれてンのか? ヘヘッ、モテるねえ、コノッ!」
涼にはそんな声など聞こえていなかった。
庭へ出る。
2・3歩歩いて立ち止まり、涼は夜空を見上げた。じーっと何かを見つめている。
「……俺を……呼んでいるのか?」
しばらくしてから、彼はぽつりと呟いた。
彼の視線の先には星が輝いている。その中で一つだけ、他の星々とは違う光があった。
涼はその光をじっと見つめ続けていた。
スポンサーリンク