迷える神々・5章②

 

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中山家は高台の高級住宅地にあった。洋風の建物で広い庭を所有している。

その建物の中、リビングルームでは、もはや手の付けられないドンチャン騒ぎが繰り広げられていた。

歌を歌っているというより、がなり立てている者。裸踊りをして女の子たちにヒンシュクを買っている者。真っ青な顔をしてトイレとリビングを行ったり来たりしている者……様々である。たぶん飲み慣れぬせいだろう。始めてからさほど時間は経っていなかった。

 

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その動物園のような所で、涼だけ一人冷めていた。みんなから離れ、キッチンのイスに座りぼんやりジュースを飲んでいる。

「春日君」

「ん? ああ、山崎か」

千尋だった。水割りのグラスを持っている。

「座っていい?」

「ああ……どうぞ」

イスを少し涼の方に向け、千尋は横に腰かけた。

「春日君、私、嫌い?」

「お、おい、なんだよ急に……」

涼は驚き周囲を見渡した。が、皆自分のことに手一杯で、他人に注意を払っている者など一人もいなかった。

暴れている奴らの真ん中でラブシーンを演じている者までいた。

 



 

「なぜ、私じゃダメなの? 言って」

かなり酔っているようだった。

「飲んでるのか」

涼は相手を見据えて訊いた。

「……飲まなきゃ、恥ずかしくて言えないよ……二度目だもん」

千尋が視線を外して言う。

「飲んだことないんだろう? 大丈夫か?」

「そんなことより! ……返事して」

「……」

涼は押し黙った。しかし、相手の眼差しはそれを許してくれそうもなかった。

彼は仕方なしに口を開いた。

「山崎のことは……嫌いじゃない。可愛いと思う」

「ほんと?」

千尋は赤面し、嬉しそうに聞き返す。

「うん……」

そう答え、涼は彼女の全身をじっくりと見た。千尋は身体の線がくっきりと出る、いわゆるボディコン姿だった。彼女は外人モデルのような体型をしていた。胸の所がV字にカットされていて、バストの谷間が丸見えだった。その谷間を人いきれのせいか汗がツーッと流れていく。

 

 

「……」

じろじろ見ている涼に対して、彼女は恥ずかし気に俯いた。が、まんざらでもなさそうだ。見方によっては喜んでいるようにも取れる。恐らく、そのために着てきたのだろう。

― やはり何も感じない……

彼女の思惑などには全く気付かず、涼は溜め息をついた。

「!」

千尋はそれを見逃さなかった。

「……どうして!」

悲壮な顔になっている。もう酔いなどどこかへ吹き飛んでしまったようだった。

「可愛いと思う。クラスで一番……いや、学校中で一番可愛い」

「じゃあ、どうして?」

「ダメなんだ。俺は普通の子じゃ……」

「どういうこと?」

「うまくは言えない。ただ、俺が普通じゃないということだ」

彼女には理解できないようだった。涼の顔を悲しそうな表情でじーっと見つめ、そして俯く。

「山崎……」

「一生懸命努力するから……春日君の気に入る子になるから……」

顔を上げ、千尋は哀願するように言った。性格の問題と勘違いしていた。

「そういうことじゃなくて……」

涼は困ってしまった。彼女が誤解するのも無理はなかった。が、だからといって真相を話すわけにもいかない。

「……好きな人、いるの?」

うつろな目で、テーブルに置いたグラスを見詰めながらぽつりと訊く。

「えっ……ああ……ごめん」

涼は思い切ってそう答えた。

彼女の目に、見る見るうちに涙があふれ、膝の上に置いた手に零れ落ちる。

「山崎……」

「うっ」

涼の声を機に、千尋は玄関の方へ泣きながら走って行く。彼は憂鬱そうな表情で、その後姿を見送っていた。

 

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「ん……」

気配に気付いてそちらを見ると、壁にもたれて中山が立っていた。途中から聞いていたのだろう。渋い顔で首を左右に振っている。

「中山……チャンス」

力なく笑いそう言う涼に対し、中山はシュラッグをしてから玄関の方へ向かった。



「ふう……」

涼は深くイスにもたれ、天井を仰ぎ見ながら溜め息をついた。何もしなくても相手が悲しむ場合があるということが、限りなく辛く嫌だった。

― 早く帰りたいなぁ……明日も理恵と会うのに……

また理恵のことを考え始めたその時、稲妻が直撃したように急に涼の身体が硬直した。

「うっ!」

うめき、頭を抱えてイスから落ちる。

― 頭が痛い! 割れそうだ!

涼は床の上をのたうちまわった。ゴロゴロと転がり、イスを蹴倒しテーブルにぶつかる。グラスが落ちて割れる。だが、誰もそんなことに気付いてはいなかった。

「ううっ……」

しばらく転げ回った後、彼は壁に掴まりなんとか立ち上がった。が、その眼の光は常人のそれではなくなっていた。

「呼んでいる……俺は、呼んでいる……」

そう呟きながら、涼はふらふらと歩き始めた。酔っぱらいの間を抜け、庭に出ようとしている。

「アレッ! 春日のリョウちゃん、ドコ行くの?」

ヘベレケの一人が涼に抱き着いた。

「呼んでいる。俺を呼んでいる……」

涼は無意識のうちに、その男を突き飛ばしていた。男はひっくり返った。

「イテッ! 乱暴だな、リョウちゃんは……アアッ、呼んでるって、女に呼ばれてンのか? ヘヘッ、モテるねえ、コノッ!」

涼にはそんな声など聞こえていなかった。

庭へ出る。

2・3歩歩いて立ち止まり、涼は夜空を見上げた。じーっと何かを見つめている。

「……俺を……呼んでいるのか?」

しばらくしてから、彼はぽつりと呟いた。

彼の視線の先には星が輝いている。その中で一つだけ、他の星々とは違う光があった。

涼はその光をじっと見つめ続けていた。

 

 

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