迷える神々・9章

 

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「信仰の薄い者よ。なぜ疑ったのか」

髭を伸ばし放題にした男が早乙女に訊いた。椅子に深々と腰掛けている。

「……」

早乙女はまだ正常な精神状態になく、何も答えられなかった。濡れネズミのまま、床にへたり込んで目を見開いている。涼と理恵はその横に立っていた。

UFOの中。内部には船体に合わせて円形にソファーが置かれているだけで、計器類や操縦桿などは全くなかった。乗組員の思念で飛行しているらしかった。あるいは、この男たちが来た場所から操作しているのかもしれない。いずれにせよ凄いパワーだった。

 

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「そんな所に座ってないで、ソファーに掛ければ良い」

髭の男と反対側に腰掛けている丸顔の男が早乙女に言う。

「あ、ああ……」

やっと少し落ち着き、早乙女は言われた通りにした。

「君たちも」

「はい」

答え、二人も座った。円形なのでどこに座っても皆の顔が見える。男たちが向かい合って座っているのに対して、涼と理恵は髭の男を右手に、丸顔の方を左にして座った。早乙女はその向かい側に掛けている。

「名前を」

髭の男が訊く。

「はい。僕は春日涼。彼女が水沢理恵で、それから早乙女……」

涼は早乙女の名前を知らなかった。

「あっ……俺は」

「わかった。ナオトだな」

彼は早乙女の心を読んで言った。

「リョウ、リエ、それにナオト。これからはファースト・ネームだけで良い。私はルー。彼はエトルだ」

髭の男・ルーは丸顔の方を顎で示した。

涼たちは二人の男を見比べていた。国籍の見当が付かず、年齢も30歳ぐらいにも見えるし、また60と言われても不思議とは思わない……そういう感じだった。若く見えるが二人とも、人生を達観した老人のような深みがあった。

「ル、ルーさん……あの、あなた方は、どういった人たちなのですか?」

早乙女が恐る恐る訊く。

「何とでも好きに呼べば良い。イマム・マハディ、ラーマ、クリシュナ、マイトレーヤ、ミトラ……」

「はあ……」

早乙女は全然理解していない様子だった。それを見てエトルが付け加える。

「おまえたちの国では弥勒、そしてイエス」

「えっ、ということは! ……でも救世主は一人ではないのですか?」

「みな同じだ」

「はあ……」

相変わらず把握できない早乙女に対して、涼と理恵は違っていた。彼らの話を聞いても顔色一つ変えなかった。

「おまえたちは少しは理解しているようだな」

ルーが涼たちの方を向いて言う。

「はい。呼んでいたのはあなたたちですね?」

涼が問い返す。

「そうだ。今回、日本で呼びかけに応じたのはおまえたち3人だけだ。やはりユダヤが一番多い。血筋で考えれば、日本人もかなりの素質を持つ人間もいるはずなのだが……鎖国を解いてまだ間もない国だからな。ナオトのようなパターンがほとんどだ」

「……」

早乙女が恥ずかしさに小さくなる。

「しかし、リョウやリエにしても大差はない。運良く3人が出逢ったからだ。一人一人が別々だったら、多くの潜在能力者たちと同じように、ここまで来られたかどうか……」

エトルがそう付け加えた。

「はい」

涼と理恵が頷く。そのことは涼自身が思っていたことでもあった。理恵との《気》の交流により、あの力もパワーアップしたわけだし、子供の頃と違い、考え方にも濁りが出ていた。それを彼女が取り払ってくれたのだ。また理恵にしてもそうだ。独りでは《飛ぶ》ことまでは考えなかっただろう。

 

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「でも、ラプチュアが始まっているということは、もう……」

「ほう……リョウはかなり詳しいな。そうだ。終わりなのだ」

ルーが答える。

「らぷちゅあ? 何だそれ?」

早乙女が皆を見回して訊く。それには理恵が答えた。

「携挙。キリスト教の奥義。聖書にも暗示されているわ」

「そう。イエスが処刑される前の晩、選ばれた信者たちにこういう言葉を残してるの。『あなたがたは心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしが用意しておこう。わたしは、あなたがたのために場所を用意しに行くのだから。そして用意ができたならば、あなたがたをわたしのところへ迎えよう。わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにはわかっている。だれもわたしによらないで父のみもとに行くことはできない……』とね」

「ふ~ん……それが、これなのか?」

その問いには涼が代わって答えた。

「そうだ。こうも言っている。『わたしが父におり、父がわたしにおられることを信じなさい。信じられないのならば、わざそのものによって信じなさい。信じるものは、またわたしのしているわざをするであろう。もしあなたがたがわたしを愛するならば、父は別の助け主を送って下さるであろう。それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。わたしはあなたがたのところへ帰ってくる。もうしばらくしたら、世はもはやわたしを見なくなるだろう。しかし、あなたがたはわたしを見る。その日には、わたしは父におり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることがわかるであろう……』と」

二人の話に早乙女はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると、

「簡単に言うと、信じるものは救われるってやつか?」

と訊いた。

「うっ……。ま、まあ、そんなところかな」

涼はズッコケかけたが、何とか持ちこたえ、続ける。

「最後の審判の時に選ばれし者たちだけが持ち上げられ、神の国に行ける……それが携挙だ。何を基準に選ぶかは、もう分かっただろ?」

「うん……何となく」

本当に分かっているのか怪しいものだった。

「ラプチュアはこれが初めてではない」

二人の会話にエトルが口を挟んだ。

「えっ!」

涼が驚く。

「じゃあ、俺たちが前に見た時も……」

「そうだ。ずっと続けられてきたことだ」

「……もう既に、始まっていたのか……ずっと以前から……」

「……神隠し……」

理恵がぽつりと呟く。それを聞き、エトルは頷いた。

「子供の方が純粋だからな。目覚めやすい」

「そして……これが今の文明に対しての最終便だ」

ルーが少し慎重な面持ちでそう付け加えた。

それを聞き、涼と理恵の顔色が変わる。予測していたことではあったが、実感としては湧かなかった。今。初めて残された家族のことなどを心配し始めていた。

「ん? で、そのラプチュアが、何なの?」

やはり早乙女は理解していなかった。

「今の文明は、もう行き着くところまで行ってしまったのだ。また時を隔て、我々の何人かが再建する。それはおまえたちかも知れない」

「な、何? 再建って……壊すのか!」

早乙女が怒鳴る。ようやく事の重大さを把握できたようだった。

「その必要はない。自ら滅びる」

「ど、どういう風に?」

「歴史は繰り返す。バカの一つ覚えのように人間は放射能を生み、自然を破壊し、砂漠を増やす」

ルーの言葉に早乙女はしばらく絶句していたが、正気に戻ると立ち上がり、涼の方に駆け寄った。

「……おい、春日、知ってたのか? おい……何とか言え!」

肩を掴んで揺する。

「……」

涼には答えようがなかった。彼も今実感している恐怖なのだ。

早乙女は俯いている涼を放し、理恵をちらっと見てから振り向いた。

「帰してくれ! 俺を元の世界に! 親や兄弟がいるんだ!」

「その者たちを連れて行けるかどうか、一番よく分かっているのは、おまえたちだろう?」

ルーが彼をじっと見詰め、静かに言った。

「うっ……」

早乙女が床にくずおれる。

涼と理恵も険しい表情で俯いていた。

「彼らを連れていくことは不可能だ。だが、もう一度だけ、最後の時に警告に行く……気付くかどうかは別としてな」

エトルが3人を気遣って言った。

しばらく重苦しい時が流れた。誰も話さない。UFO自体も同じ場所に停止したままだった。



「……ここは、どこですか?」

最初に沈黙を破ったのは涼だった。

「分からず飛んだのか?」

ルーが訊き返す。

「はい。時刻からしてヨーロッパかアフリカ付近だとは思うのですが……」

「ああ、大西洋だ。しかし、ここにはもうおまえたちの故郷はない」

「大西洋……あっ」

涼が何かに気付いた。

「うむ」

ルーがそれを肯定する。

「今から一万年ほど前、ヨーロッパやアジアの人間たちがようやく原始生活から脱しようという頃、ここで一つの高度な文明が消滅した。それがおまえたちの故郷だ」

「あっ、あっ……」

さすがに早乙女もこの意味には気付いたようだった。焦って口をパクパクやっている。

それをエトルが何度も頷き鎮めた。

「そして、消滅する前に島に出て行った者が大陸に渡り、エーゲ海の小さな島にまた文明を築いて数千年間栄えていたが、火山爆発によって滅びた」

「……ミノア文明」

理恵が言う。

ルーは頷き、続ける。

「我々の警告を聞き入れて逃げた者たちはエジプトから大陸の奥へと向かった。途中の国に留まる者もいれば、先へ先へと進む者もいた。そして、移動を続けた者たちが最後に行き着いたところが、おまえたちの国・日本だ」

「じゃあ……」

「そうだ。血筋は同じなのだ」

「……それで日本書紀と旧約聖書に似た記述が多いのか……」

「じゃあ、初めの人間というのは?」

何かを考え込み始めた涼に代わって早乙女が訊いた。

「全ては廻っているのだ」

「ということは、やはりダーウィンの進化論は……」

「いや、間違ってはいない」

エトルが答える。

「どちらもある。小規模な破壊の場合は良いが、地上の全てのものが死滅してしまうほど被害が大きい時は、その度合いに応じて数百年、数千年後にまた海からやり直さねばならない」

「はあ……」

早乙女は話のあまりのスケールの大きさに呆然としていた。

「我々の時代はその両方が混ざっている……それで素質を持つ者が多い国とそうでない国があるのか……」

涼が独り言のように呟いた。

「ああ……しかし、結局は同じなんだがな。途方もなく遠い記憶が受け継がれているかどうかだけで、全人類にその素質はあるのだ。気付かないだけだ。現に記憶が遺伝子に刻まれているはずのおまえたちの両親も、目覚めなかったのだから……」

「……」

その言葉を聞き、また3人が暗くなる。それを見てルーが諭す。

「大事なことなのだ。おまえたちだけでも生き残るということは……。そのことはもう十分分かっただろう。それに我々とて、何度も失敗しているのだ。 ……おまえたちの故郷に仲間を送り込むずっと以前に、いきなり大陸にアダムとイブが何人か行った」

「ダメだったんですか?」

理恵が訊く。

「ああ。甘く見過ぎていた。少人数だったこともあるが、自然に押し潰されてしまった……ちょうど氷河の時期だった」

「! ネアンデルタールの頃……」

涼が言う。

「そう。自然とその者たちに負けたのだ」

「サッコパストーレ人……紀元前20万年を境に姿を消した謎多きプレサピエンス・先行現生人類……そうだったのか」

涼は、もう一般的に謎とされていることの全てが分かったような気がしていた。だが、実際には、まだまだ知らないことがあったのだ。

「そろそろ……出発するぞ」

みんなの顔を覗き込み、エトルが言った。

「どこへ?」

早乙女が訊く。

「行けば分かる。おまえたちが求めていた安住の地だ」

ルーはそう言うと移動に取り掛かった。

 

 

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