街の片隅で…・エピローグ

 

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エピローグ

 

「あっ、急がなくっちゃ」

スリップ姿で鼻歌混じりに長い髪をとかしていた麻衣は、鏡越しに時計を見て慌てた。

選んでベッドの上に置いてあった洋服を身に着ける。枕元にはドナルドダックの代わりにミッキーマウスがいた。

机の上にあるポートレートの中で、誠とさとみが笑っている。生後間もない麻衣を2人で抱いて……。志乃宛にさとみが郵送したものだった。壁にはさとみを描いた鉛筆画が飾ってあった。

「よし!」

着終え、一声気合を入れて彼女は部屋を出た。

 

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「あっ、麻衣ちゃん! パパとママに行ってきますは?」

玄関に向かおうとする彼女を、祖母の静江がキッチンから呼び止めた。

「あっ、そうだ」

駆け戻って居間の方へ向かう。

「大おばあちゃんにもね」

その後姿に静江が付け加える。麻衣からみれば曾祖母にあたる志乃は、もうこの世にはいない。彼女がこの家に来た翌年の秋に他界していた。

麻衣が居間にある仏壇の前に座る。

「パパ、ママ、大おばあちゃん、行ってきます。……今日はタケル君とデートです」

最後の方を小声で微笑みながら言うと、また一目散に玄関に向かう。

 

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「あっ、ちょっと!」

それをまた静江が廊下で呼び止めた。

「う~ん……。なあに、おばあちゃん。時間ないんだから……」

忙しなく足踏みをしたまま文句を言う。

「麻衣ちゃんも、もう18だね……」

「ん……そうよ?」

麻衣が動きを止め、キョトンとする。祖母の様子が変だったからだ。

「顔は似てなくても、好みはよく似てるわね……」

静江は麻衣が着ている水色のワンピースを見ながら、独り言のように呟いた。

「ん? 何?」

「フフッ……彼とはうまくいってるの?」

静江は質問には答えずに問い返した。

「あちゃーっ! おばあちゃん、知ってたの……」

「そりゃ、分かるわよ。こう見えても私も女ですからね……で、いい人なの?」

「ヘヘッ……」

照れくさそうに笑う麻衣の表情が、静江の言葉を肯定していた。

「そう……」

頷いている静江の顔が、笑ってはいるが何か感慨深げなものに変わってゆく。

「……どうしたの?」

それに気付き、麻衣が小首を傾げる。

静江はしばらくじっと孫を見詰めていたかと思うと唐突に、

「麻衣ちゃん……どっちでもいいのよ」

と言った。

「は?」

麻衣は依然として何のことやら、さっぱり分からなかった。

「その人が……自分にとって本当に大切な人だと思ったら、もし、おじいちゃんが反対したとしても気にしなくていいのよ」

「……」

「でもね、意見だけは聞いてあげて。それから、あなたが判断して。どちらを選んだとしても、それがあなた自身で決めたことなら、どちらでも正解よ」

静江は慈愛に満ちた表情の中に悲しみを忍ばせて言った。

「おばあちゃん……」

麻衣もようやく理解した。自分にとっての祖母は、かつてはさとみの母だったのだから。そして今も……。

しんみりした雰囲気になる。それを壊すかのように静江はふざけた口調で、

「どっちを選んでも……おばあちゃんは応援するからね!」

麻衣の顔にも笑みが戻る。

「うん! ありがと、おばあちゃん! じゃあ、行ってきます!」

そう言い麻衣は、優しい笑顔で見送る祖母に手を振って、元気良く春の陽射しの中へと出て行った。

 

(完)

 

 

 

 

 

 

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