夜想曲 ~逃れの果てに~・華麗なる大円舞曲②

 

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華麗なる大円舞曲②

 

「久美。おまえ、もう夏休みか?」

「テスト休み」

父・敏男の問いに、久美はブロッコリーを口に放り込みながら答えた。

夕食時である。久美の前に敏男、その横に頼子が座り、久美の左横には7つ年下の弟・正敏、その横に寿江という具合に食卓を囲んでいる。この並び方はもう10年近く前から続いていた。

 

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「でも、後、終業式に行くだけでいいんでしょ? 高校生はいいなァ、休み多くて」

フォークで若鶏をブスブス突っつきながら正敏がぼやく。

「マー君。そんなことないわよ。お姉ちゃんはね、大学に上がるためにいっぱいお勉強しなくちゃならないの。大変なの」

尤もらしい顔をして頼子が言う。

「そっ!」

久美も頷く。

「ふ~ん」

正敏は分かったような分からないような顔をしていた。

「でも付属校だから、たいして勉強しなくても上にあがれるんじゃないのか?」

ビールのコップを傾けながら、敏男は何となく言った。

「あなた!」

「パパ!」

久美と頼子が敏男を睨む。

「あっ……」

敏男は手を止め、2人を見比べた。それを見て寿江が笑っていた。

「そ、そうだぞ、正敏。お姉ちゃんはな、大変なんだ。だから、おまえもしっかり頑張るんだぞ」

「……」

正敏が白けた顔で父親を見る。

「今頃遅いわよ……」

頼子はナイフで肉を切り刻みながら怒っていた。

「ははっ……」

敏男は笑ってごまかそうとしていた。

 

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「ママとオネーチャン、何で怒ってるの?」

「えっ? 怒ってないわよ。ねえ、久美?」

頼子が作り笑いで答える。

「ええ。怒ってないわ」

「ふ~ん」

「ははっ……。そ、そうだ。久美。おまえ、休みはどこ行くんだ? あっ、と、当然、忙しい勉強の合間にだけど……」

笑いでは無理だと悟った敏男が苦し紛れに話題を変えた。

「別に。どこも行かないよ」

「そうか。おまえ、彼氏はいないのか?」

「!」

久美は驚いてご飯を喉に詰まらせた。急いでお茶で流し込む。

「何……パパ、急に」

「急にってことはないだろう。恋人ができたら、すぐにパパに会わせるんだぞ」

「……うん」

「でも、おまえ、高3にもなって彼氏がいないんじゃあ、カッコ悪くないか?」

「なんで?」

暢気そうに訊き返す。

「何でって、普通、高校生にもなれば彼氏の1人や2人いるもんだろう。それがおまえときたら、未だに一度も付き合ったことないんじやないのか?」

「うん。ないよ」

「だろ? カッコ悪いよ、それじゃあ」

「格好で付き合うわけじゃないでしょ」

「そりゃそうだけど……モテないの、おまえ? う~ん、自分の娘ながら、わりとイイ線いってると思うんだけどなァ」

敏男が絵画か何かを鑑賞するように久美を見て言った。

馬鹿らしくなり、久美はもう父親の話に付き合うのはやめ、食事に専念した。

 




「好きな人は? それもいないのか?」

「……」

その言葉に、脳裏をあの男のことが一瞬よぎったが、当然言葉にはせず、そのまま食事を続ける。

「いつまで馬鹿なことを言ってるんですか……。ああ、あなた、それより今日ね、警察の人が来たの」

まるで久美の心の中を読んだかのように、頼子が昼間のことを話し始めた。

久美が身体をピクッと震わせた。ナイフを持つ手が止まる。

「……」

その変化に気付いたのは寿江ひとりだけだった。

「ん? どうして?」

「それがね、この辺りに殺人犯がうろついてるらしいのよ」

「ええ!」

敏男が素っ頓狂な声を出した。

「……そんな凶悪犯が潜んでいるのか?」

「う~ん、それが事情はよく分からないの。来た人もよく知らないみたいだったし……ねえ?」

「……うん」

同意を求められて、久美は俯いたまま答えた。感情が顔に出ているかもしれないと思ったからだった。

「でも、それならなぜニュースでやらないんだ?」

「さあ、やったんじゃないの。見てないだけで。ほら、この辺、空き家になってるうち多いでしょ? そういうトコ、片っ端から調べてたみたいよ。立石さんがそう言ってた」

頼子はあの後、近所の人から情報を得ようとしたのだが、あまり大した情報は得られなかったらしい。

「ふ~ん……」

敏男は考え込み、タバコを出そうとポケットを探った。思考する時の習い性だ。

「ん?」

両手で体のあちこちを触ってみたが、ない。

「ママ、買い置きあったかな?」

「さあ……」

急に関係のないことを言われ、頼子は白けて気のない返事をした。

それとは対照的に、

「あっ! 私、買ってきてあげる!」

と、久美は叫ぶように言うや否や立ち上がった。イスがけたたましい音を立ててひっくり返る。

「……」

皆が一瞬呆気に取られる。それに気付き、久美は落ち着いた風を装い、

「……ジュース、買いに行こうと思ってたから。もうなかったでしょ?」

イスをゆっくりと起こしながら言った。

「……ああ、そうか? じゃあ、頼もうかな」

敏男は財布から500円玉を取り出し、久美に手渡した。

「2つ頼む」

「あなた! こんなに暗くなってから女の子に買いに行かすもんじゃありませんよ!」

「ああ、そうだった。さっきの男の話もあるしな。やっぱり自分で行くよ」

妻にたしなめられ、敏男は立ち上がろうとしたが、その時にはもう久美は玄関の所まで行っていた。

「大丈夫よ。すぐそこだから」

「でもな、久美」

「それに、その人……そんな凶悪犯じゃないよ、きっと」

そう呟き、久美は敏男に微笑みかけた。

「えっ?」

「じゃあ……あっ」

一旦靴を履こうとし、何かを思い出した様子で向きを変え、駆け足で2階へ上がっていく。

「ん?」

敏男が呆けていると、久美はまたすぐ引き返してきた。セカンドバッグを持っている。

「ヘヘッ。忘れてた。じゃあ、行ってきまーす」

「オネーチャン、ファミコンしてよ」

出て行こうとする久美を正敏が呼び止める。

「うん! 後でね」

「マリオ・スリー、クリアできないんだ」

「よし! お姉ちゃんに任せといて!」

久美はガッツポーズをして外へ出て行った。

 

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